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医療法人親仁会 米の山病院

親仁会について

事業所マップ

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親仁会の成り立ち

米の山病院は北緯 33 度、東経 130 度に位置する総面積 81.55 平方キロメートル、人口約 13 万人の大牟田市の東部に位置し、東には三池山、西に有明海を望む 219 床の病院です。

医療法人親仁会 は、まだ国民健康保険制度がなかった 1955年1月 、医療を受けにくい人のためにということで私設の医院が開設されました。
1957年 には有床診療所に、1959年 には 45 床の、1962年 には 92 床の米の山病院になっていました。
また、1960年 の三池闘争では、労働者の闘いを病院あげて医療の面から支援しています。この米の山病院が親仁会の母体になります。

1964年 には全日自労の要請を受けて 「 中央診療所 」 を開設。
1965年1月 、米の山病院 ・ 中央診療所の両院所が全日本民主医療機関連合会( 民医連 )に加盟します。民医連加盟後は 「 民医連とはなにか 」 を学びつつ、炭塵爆発事故による CO 中毒患者の検診、日本脳炎ワクチンの無料接種の対市交渉、全日自労労働者の大検診、長崎 ・ 佐世保水害救援参加など活発な活動が行われました。やがて公害医療、被爆者医療も取り組まれるようになります。
こうしたなかで、1967年 には 「 中友診療所 」 も開設されました。

老人健診も積極的に取り組んできました。1969年 には市内の検診の三分の一に相当する 416 名、その後も年々受検者数を増やし、同時に老人医療費無料化運動を展開しました。
そして、1972年4月 、全国に先駆けて老人医療費無料化を勝ち取っています。

1978年 に新しい米の山病院(現在の本館)が完成しました。
さらに 1984年 新館がオープンし、ICU ・ CCU ・ 人工透析 ・ リハビリテーションなどの医療の体制が質・量ともに大きく前進しました。

1986年12月、荒尾市に 「 野ばら診療所 」 を開設しました。
1991年 には 「 みさき病院 」 を開設、高齢化のすすむ大牟田地域の医療要求に応えるものとなりました。医療福祉が切り捨てられる一方、ますます深刻化する高齢化問題に対応するため、1993年「 老人保健施設くろさき苑 」 を開設しています。
1994年1月 に、熊本県南関町に、町で唯一 病床を持つ 「 さかき診療所 」 を開設しました。このことで大牟田地域を中心とした、熊本北部地域におよぶ医療ネットワークが構築されました。

2000年4月 介護保険制度が始まりました。
米の山病院をはじめ親仁会は、高齢者の生活をまもるため、居宅介護支援事業所(ケアマネージャー)やデイケア・デイサービス訪問看護グループホームなどの介護事業も積極的に取り組みました。
2006年9月 には小規模多機能施設も開所しました。

親仁会は、センター病院の役割を持つ米の山病院を中心に、大牟田市周辺の広範囲なエリアで 13ヶ所の医療 ・ 介護事業を運営しています。
住民との信頼関係は深く、外来数は同規模の施設の 2 倍以上を誇ります。
救急医療、在宅医療などにも取り組み、地域の健康管理をトータルに担っている総合医療・介護・福祉法人です。